「木管の響き・VII 〜バッハ=アーベル・コンサート〜」Fl&Pf
◆2006.5月20日(土) 19:00 開演
◆名曲喫茶・ミニヨン
約1年ぶりの木管楽器(Abell)の登場、その木管で当時の大人気シリーズ演奏会、「バッハ=アーベル・コンサート」を再現してみた。

*開演前

*ゲネプロ

*休憩中の一時(3枚とも、EF-S10-22mm F3.5-4.5 USM、10mm)
プログラムは以下の通り。
● クリスチャン・バッハ:Johann Christian Bach
(1735.9.5ドイツ・ライプツィヒ〜1782.1.1イギリス・ロンドン[46歳])
−ハープシコード又はピアノフォルテのための6つのソナタ、
フルートまたはヴァイオリンの伴奏付き Op.16より (1779年[44歳])
・ソナタ第2番 ト長調 Op.16-2
I.Allegretto 2/4
II.Andante grazioso 3/8
・ソナタ第5番 ニ長調 Op.16-5
I.Allegro con Spirito 4/4
II.RONDO:Allegretto 2/4
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● アーベル:Carl Friedrich Abel
(1725.12.22ドイツ・ケーテン〜1787.6.20イギリス・ロンドン)
−フルートと通奏低音のための6つのソナタ Op.6より (1765年[40歳])
・ソナタ第1番 ハ長調 Op.6-1
I.Adagio 3/8
II.Allegro 4/4
III.Vivace 3/8
・ソナタ第5番 ヘ長調 Op.6-5
I.Adagio 4/4
II.Allegro 4/4
III.Vivace 3/4
アンコールは、 J.S.バッハ:ソナタ ロ短調 BWV.1030より第2楽章を演奏いたしました。
「バッハ=アーベル・コンサート」は大人気を博していたそうである。どれくらい凄いかって、作曲家自らがこのシリーズ演奏会のためにホールを建ててしまったというのだ。そりゃ凄い、楽器をやっていれば、プロ・アマ問わず自前のホールを持つことが夢なのだから。当時は、王様や貴族に仕え、城や宮殿の中で演奏することがステータスだったわけだから、大袈裟に(?)ホールを建ててしまうということが、どれくらい凄いことだったか想像に難くない。年に12回〜15回の演奏会を催していたという。ソロイスツと同じだな、結構大変だったと思うが(だって、演目を作曲しなくちゃいけなかったのだから)、ホールを建てられるほどの大人気とは羨ましい。しかし、やがては衰退していく。J.Chr.バッハき後もアーベルは一人で演奏会を続行していたらしいが、結果は芳しくなかったそうだ。本日の演目は、シリーズ演奏会が絶好調の時期に作曲されたアーベルのソナタ、う、う、ヤバイぞ、となってきた頃のJ.Chr.バッハのソナタを聴く。
ヨハン・クリスチャン・バッハが15歳の時、父親のヨハン・セバスチャン・バッハは亡くなった。まだまだ子供のクリスチャンは、セバスチャンの次男であるカール・フィリップ・エマヌエル・バッハに引き取られることになった。エマヌエルが家族思い、親孝行だったことは、父をフリードリヒ大王に引き合わせた事でも伝えられている。ソナタは、単純な構成だが明るく明朗、快活で気持ちよい。主題がやや陳腐に感じることもあるが、バロックからロココへの時代に変遷に触れることが出来る。本番前、店内に流れていたチェンバロで演奏されたモーツァルトを聞いて、つい、クリスチャンの曲?と思ってしまったのだが、それもそのはず、モーツァルトは幼少の頃クリスチャンに会っている。そして多大な影響を受けた。似ていても不思議はない。そして、モーツアルト8歳の時、クリスチャンに啓示を受け第1番の交響曲を作曲している。つまりは、モーツァルト・サウンドの原点、それがクリスチャンのソナタなのだ。また、このソナタの題名に注意して欲しい、フルート・ソナタではなく「ヴァイオリンまたはフルートの伴奏(オブリガート)付きピアノ・ソナタ」なのだ。クリスチャンはフルート・ソナタを作曲しようとしたわけではない、ピアノ・ソナタを作曲したのだ。そのソナタを更に豊かにすべく、ヴァイオリンかフルートの装飾を施したわけだ。決してフルートを軽んじていたわけではない、当時には良くあった手法だ。モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ(KV.10〜15を含む)も、ヴァイオリンの飾り付きピアノ・ソナタなのである。飾りといっても卑屈ではない。軽やかに華やかに乱舞する。目立ちたがり屋のフルートも、たまにはサポートするのも心地良いものだ。
「バッハ=アーベル・コンサート」の絶頂期、ホールも建てて意気揚々としていた頃作曲されたのがカール・フリードリヒ・アーベルのソナタだ。クリスチャンのソナタとは違い、バロック期の代表的な様式である通奏低音付きのソナタとなっている。時代はロココで、鍵盤楽器はチェンバロからピアノ・フォルテに移行していたのだからちょっと古くさいのか?という先入観を持ちがちだ。しかし、確かにピアノの伴奏部分は”伴奏”然としているのだが、ソロのフルートの活躍が凄い。緩楽章ではフルートは朗々と歌い、急楽章では現代の最新鋭の楽器でも演奏は易しくない。ロココの時代には、フルートはトラヴェルソではなくいくつかのキーも付き改良されていたのだから、このような曲が生まれたと言える。素速いパッセージ、2オクターブの音の跳躍はモダーンな響きをかもし出す。クリスチャンとアーベル、同時期の、同じドイツ人の曲でも色の違う作品、並べて演奏してみるとその違いがとても面白かった。
<本日のコラム>−−−−−−−−−−−−−−−
・フルート・コミュニケーション Vol.119
■Abell(エイベル)■
本日使用する木管製フルート、その名はAbell(大袈裟)。今までたくさん吹いた木管製フルートの中で、唯一気に入った楽器だ。メカニズムは堅牢とは言い難いが、えも言われぬ味がある。車に例えれば、日本車のように完全ではないがムードがあり洒落たイタリア車、アルファ・ロメオ、という感じだ。
そのアルファくん、音程には少々気むずかしい。音程よりも音色を優先した設計という感じだ。使い慣れた14Kのつもりで吹くと、ありゃ? あれー? 音痴になってしまう(悲)。息の許容量も、金属製の楽器はどこまでも息に耐え抜くかのように受け止めてくれるが、アルファくんは気に入らない吹き方を拒絶する。ふぉーーー!、、、ぶひゃ!(悲)なのである。日頃、楽器は道具なんだから気を使う楽器はダメ、などと言って憚らない私でも、このアルファくんは特別扱い、何でも許してしまう。もう、これは愛だな(喜)。
日頃はH足部管を使っている。これは、音程の安定と、その音色が好きだからだ。でも、たまには、と、先日すごく久しぶりにC足部管をセットして吹いてみた。音程は更に難しくなるが、底抜けに明るい音がする。フランス人がC足部管を好むのはこの明るさなんだな。低音は、、、?ありゃりゃー?う、ううー、錆びてる(悲)。あまりに使わなかった為か、足部管のキーの動きが鈍い。というか、Cisキー押さえるとCキーまで動く。がーーん。ごめんよう、アルファくん。。。こんど綺麗に治してあげるからね(愛)。
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*打ち上げ(SONY DSC-R1、14.30mm、内蔵フラッシュ)



















